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ドレスデンにおける
ドレスデン・エルベ渓谷(ドレスデン・エルベけいこく、ドイツ語:Dresdner Elbtal、英語:Dresden Elbe Valley)は、エルベ川の上流域にあたるドイツ東部に形成された渓谷の一つ。なだらかな谷には都市ドレスデンが発達し、市域は川を挟むかたちでおよそ20kmにわたって続く。
当地はエルベ川沿いの中央ヨーロッパにおける優れた文化的景観を形成しており、その価値は、渓谷が都市の一部であるとともに自然の河岸の一部であることに見出される。 2004年以来、「ドレスデンにおけるエルベ渓谷」の名でユネスコ世界遺産(文化遺産)の登録物件となっていたが、2009年6月25日、景観を損ねる橋の建設を理由にリストから削除された。
エルベ渓谷の名所はいくつもある。宮殿と歴史ある村落で有名なピルニッツ(en)やロシュヴィッツ(en)、あるいは、ブラウエス・ヴンダー橋(en)、ドレスデン・ケーブルカー(en)、ドレスデン・モノレール(en)などの19世紀来の技術関連の施設・交通、そして、ブリュールのテラス(en)、ゼンパー・オーパー、カトリック旧宮廷教会(en)などを含む都心部の歴史地区などである。また、ブラセヴィッツ(en)などは、工業地区も含むとは言え歴史的に郊外地区を形成してきた。
2004年に登録され、2009年にリストから抹消された世界遺産物件としての、当地の歴史的経緯を記す。
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
ドレスデン・エルベ渓谷は、2004年の第28回世界遺産委員会において世界遺産に登録されたが、渓谷には以前よりドレスデン市街の渋滞緩和を目的とした架橋計画(全長635m、4車線のヴァルトシュロッセン橋[en])が存在していた。世界遺産登録により、登録を推進した住民と橋の建設を推進したい住民との間で軋轢が生じ、2005年には橋の建設の是非を問う住民投票へとつながった。住民投票では、建設賛成票が67.9%に達したため、計画が実行に移されることとなった。
ユネスコの世界遺産委員会では、橋の建設が景観の広がりを分断・限定すると判断。一帯の文化的景観が損なわれた場合、もはや世界遺産としての「顕著で普遍的な価値」は認められないとの認識を示し、非公式にトンネルなどの代替施設の建設を求める一方、「危機にさらされている世界遺産」リスト(危機リスト)への登録もしくは世界遺産リストそのものからの除去を検討する動きを見せた。
世界遺産委員会からのプレッシャーの中、ドレスデン市議会は、委員会が開催される直前の2006年6月20日、橋の建設のための最初の競争入札を差し止める条例案を可決。建設は一時中止された。翌月、7月8日から開催された委員会では、ドレスデン・エルベ渓谷を危機リストに登録こそしたものの、世界遺産リストからの除去の決定は無く、警告にとどめられた。これらの経緯に不快感を持った地域住民などの間で、世界遺産の保護は地元に住む一般市民(直接民主主義)による決定よりも優先されうるべきかということも議論となった。
一方、橋の建設に反対する一部の自然保護団体は、渓谷に住む希少種であるキクガシラコウモリの存在を理由に建設撤回を求め提訴していたが、2007年8月9日、ドレスデン行政裁判所は訴えを認め、建設を当面差し止めるよう命令した。この命令に対し、ドレスデン市ではなくザクセン州が控訴。同年11月14日、ザクセン上級行政裁判所は、一審の判決を覆し、橋梁上での自動車の走行に速度制限等を付することを条件に建設を認める判決を出した。5日後の11月19日には建設が再開され、土砂の掘削が始められている。
第32回委員会で再び「警告」が出され、橋の建設が中止されないようであれば第33回(2009年)世界遺産委員会において登録リストから抹消する方針が確認された。そして、警告どおりに2009年6月25日、世界遺産リストからの抹消が決議された[1][2]。抹消されたのはオマーンの「アラビアオリックスの保護区」(2007年)に次いで2件目である。
ドイツの世界遺産